バイクとキャンプと!

エストレヤとクロスカブとスーパーカブに乗ってのんびりツーリングやキャンプをするお話。

君は、何のために走る?

何年経っても忘れられない光景がある。

 

 

 

真っ暗な夜、吹雪の中転がっていく水色のテント。

 

泣きながら走って追いかけ、掴んだところで景色は変わった。

 

 

今度はプレハブのような小さな部屋の中
3台の自動販売機とベンチが2脚あり、自分はそのベンチに寝転んでいる。

ここは……

 

 

 

 

 

高木はるか、24歳の私は東京都内のとあるブラック企業に務めていた。

 

広告代理店とは名ばかりで、イベント運営にチラシ作り、ちょっとした文章の編集などなんでもござれの職場のオフィスは都内ど真ん中、場所は内緒だけど見た目だけは立派な高層ビルのワンフロア。

クライアントが「やれ」といえば夜中まで誤字脱字を探して校正をかけ、上司が「飲みに行くぞ」と言えば朝まで付き合い、ふらつく足どりで家賃6万円築30年のボロアパートへ帰り、泣きながら風呂に入って翌朝には出社をする毎日。

 

自分の様子がおかしいことにはとっくに気がついていた。
3歩歩けば襲ってくる胃の激痛、悲しいことがないのに溢れる涙、自分が自分でないように感じるよう離人感と強烈な目眩と吐き気。
たぶん、うつ病になりつつあったんだと思う。

 

「そろそろ自分もおしまいかもな。死んだほうがマシだな。」

布団から起き上がるのも億劫になっていた日曜日の14時、突然滅多に鳴らないボロアパートのチャイムが鳴った。

 

どうせ訪問販売だろうと思いつつドアスコープを覗くと、時々挨拶をする程度の付き合いしかない大家さんが立っている。


何事だろう?
ドアを開けると大家さんは挨拶もそこそこに切り出した。

 

 

 

「このアパートを取り壊すことになりました。」

 

 

 

 

 聞けば、おとなしく退去すれば引っ越し代と次の住居の初期費用を払ってくれるらしい。

ちなみにブラック企業は期待を裏切らず薄給だったし、ボーナスもない。
おまけに無慈悲なみなし残業システムのせいで残業代は支払われず、私の財布は常にカツカツだった。
あの会社、ほんとに許さないからな。


そんな中提案されたアパート退去の話はとても魅力的な話で、その場で承諾し、大家さんはホッとした様子で帰っていった。

 

 

この時に決めた。
会社を辞めて、東京を出よう。
そして関西へ戻ろう。

 

(後日大家さんに「今回の引っ越しで東京を出るのですが、 いいですか?」と聞くと、渋い顔をしながらOKをくれた)

 

 

都会が性に合わないことには薄々気がついていた。
この土地にはなんの未練もない…

 

ない…? 

 

 

 

 

 

 

 

いや。私にはひとつやり残したことがあった。





4ヶ月後に引っ越しを控えた5月、突然にそのチャンスはやってきた。
今までまともに連休をとれたことがなかったゴールデンウィークに、これで最後とダメもとで出した代休申請が通り、10連休を手に入れたのだ。

たかが10連休と笑う人もいるかもしれないけど、土日の休みすら確約されていない身には贅沢すぎる長期休暇だった。

 

 

 

本屋へ行き、初めてツーリングマップルを手にとった。
ずっと行ってみたかった

 

 

 

そこは本州最北端 青森県 大間岬。

 

 

 

 

 

 

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ロングツーリングは2度目だった。

 

先程お話した通り、ブラック企業の給料は少ない。
この旅で一番のネックになるのは旅費のこと。
1週間のほどツーリングをするのに、5万円ほどしか用意できていなかった。

 


一応作戦はある。

当時遠距離恋愛をしていた夫と半年ほど前に行った、初めてのロングツーリングの時に購入した、ケシュアのテントを荷台に積んできた。
野宿をすることでなんとか1週間の旅を予算内に収めるつもりだ。



 

出発の朝、代休を何事もなく過ごせるように昨晩夜中まで会社にいたので当然のように寝坊したけど、それでも9時には起きていたし、午前中には出発する準備ができていた。

 

 



荷物は45リットルのポリ袋に入れ、それをボストンバッグにいれて防水バッグの代わりにした。
積載が甘くてネットとゴム紐で無理やり縛り上げているにも関わらずグラグラする。
落としたらどうするつもりだ。

 

 



ツーリング初日は福島県のキャンプ場を目指す。
自宅アパートがある練馬区からは下道で250kmほどの距離。

今ならわかる。昼前に出発し、キャンプをするには遠すぎる。

 

そんなことなど夢にも思わず、とにかく初めてのソロロングツーリングにすっかり浮かれきっていた。
ただ走っているだけで、いつもの何倍も気分が高揚する。

国道4号線をひたすらに北上し続け、見慣れた道から見知らぬ道へ変わるにはそれほど時間がかからなかった。

 

 

 

 


完全に勢いだけで一気に栃木県宇都宮市まで進む。
宇都宮といえば、そう。餃子。

 


テンションの高さはそのまま、ヘルメットを抱えて入店するとバイトらしき店員が声をかけてくれた。

「ヘルメット、俺と色違いっすよ!」

 

これから東北へ行くことを誇らしげに話し、餃子を食べ、店を出たときには14時を過ぎていた。
そこで初めて思った。

「今日のうちに福島でキャンプするって無謀じゃない…?」

 

気が付きはしたものの、ロングツーリング2度目の初心者がルートを立て直すのは容易なことではない。
経験と睡眠が不足した頼りない脳みそが導き出した答えはシンプルだった。

 

 


「まあいっか!」
「走り続ければそのうち着くでしょ~!」

 

 

 

 

そのあたりの楽観主義は今も大して変わらない気もするのだけど、なんといっても圧倒的に経験が足りなかった。

北へ行くにつれ風が強くなり、そして暗くなってきた。
ようやく福島県に入った頃にはとっぷり日が暮れていたし、完全に初夏の服装をしていたので場違いというか、寒すぎてガタガタ震えながらハンドルにしがみついている始末だった。

それでもホテルに泊まるという選択ができなかったのは完全に冷静さを失っていたし、「なんとかなる」という根拠のない自信を捨てきれなかったのもあるだろう。


あとまあ、何よりも貧乏だったから。
あの会社マジで一生恨むからな。

 

 

 

灯りがひとつもない、車1台がやっと通れるような山道を進む。


なにかがおかしい。
思ったけど、路肩に停まって地図を確認する気持ちの余裕は既になくなっていた。
そうしているうちに白いものがチラつき始めた。

 

「雪だ…」

 

4月29日の出来事である。
北の地域、それも山の上に住んでいる人には珍しくない出来事かもしれないが、雪をほとんど見たことがない私には事の重大さがわからない。

 


「早くキャンプ場へたどり着かないと」




 

 

 

無理やりペースを上げ、細いワインディングを走り続け、ついに道は行き止まりになった。
建物がある。わずかだけど灯りもついている。
駐車場らしき場所にバイクを停め、小走りに建物へ近づいた。

 

雪はもはや吹雪になっている。

 

 

やっぱり何かがおかしい。疑惑が確信に変わった。
まず人がいる気配がない。
それに、連休中のキャンプ場にも関わらず車が1台しかなかった。

 

目の前の建物を見上げてようやく気がついた。


「温、泉…??」

 

 

 

そう、キャンプ場を目指していたはずが、実際には日帰り温泉施設に着いてしまっていた。

あとからわかったことだけど、割と序盤で左に行くべきところ、右へ行ってしまっていた。
おかしいと感じながらもそこから30分以上走った結果がこれなんだから、やはり違和感を感じたら一度立ち止まって道を確認するべきなのだ。

 

どんどんひどくなる吹雪と道を間違えた事実、そして人里から遠く離れたところでたった一人になってしまったことにパニックを起こしていた。


右から左から、雪を叩きつけてくる風に吹かれ、なぜか確信をした。

 

 

 


今晩はここで夜を明かすしかない。

 

 

 

 

 

 

キャンプ場ではない以上、芝生にテントを建てるのは申し訳ない。
小石が敷き詰められた駐車場の隅をこっそりとお借りすることにした。

遠くに1本だけ立つ外灯の僅かな光を頼りに、1度しか組み立てたことのないポールを組み始める。

 

問題はすぐに起きた。
駐車場の路面が硬すぎてペグがまったく打てない。

 

 


風は吹き荒れる。雪が頬を叩く。視界が黒と白で塞がれる。

なんとかポールを組み立て、インナーテントを装着した。
フライシートを被せようとする、その時、

 

 

一段と強い風がゴウッと 地面から空へ向けて吹き上がった。

 

 

なんとか手でおさえていたテントが宙に浮く。
慌てて伸ばした右手が空を掴んだ。 

あっというまの出来事だった。

 

 

 

一度宙に浮いたテントはそのままの勢いで駐車場の隅、というかその隣の山に向かってゴロンゴロンと転がっていった。
もはやここでキャンプをするとかしないとか、そういう次元の話ではない。

ツーリングを続けられるかどうかだ。

 

 

「………っ!!!!」

 

 


吹雪の中とにかく走った。

走って走って走って走って走って走って、テントに追いついた。
(なんで追いつけたのかはわからない。火事場の馬鹿力ってやつでしょうか)

 

涙がボロボロ出てきた。

ああ自分はなんて無力なんだろう。
寒すぎて、暗すぎて、心細すぎて、情けない。

キャンプなんててきとうにテント持っていけばできると思っていた自分の甘さだ。
雪なんかのせいじゃない。自分が招いた不幸だ。

 

 

今すぐここから逃げたい。

 

無我夢中でテントをまとめ、バイクに飛び乗り、転がり落ちるようにさっき登ってきた坂道をくだった。
転倒しなかったのが奇跡だ。

 

 

 

どうやって走ったのかは覚えていない。
とにかく、徐々に雪が少なくなり、遠くで何かが光っているのが見え、向かった先、

 

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涙でぐしゃぐしゃになった私の前に、温泉街が現れた。


 

 

 

助かった…!!と安心し、また一段とひどく泣いた。

もはやキャンプとか言っていられない。どこかの旅館に泊めてもらおう。
愛車をゆっくりと走らせ、温泉街の中をぐるっと回ってみた。

 

 

ところがどこの旅館も玄関に明かりがついていない。
ゴールデンウィーク初日の夜20時だぞ。早すぎやしないか?

 

檻に入った動物園の熊みたいにグルグルと何周も街を回ってみたけど、まず人が歩いていないし、いきなり旅館の玄関を開けて「ごめんくださ~い!」なんて叫ぶ度胸もない。

ただ冗談抜きでとにかく疲れている。
どこかで身体を休ませないと社畜の体力はもう赤ゲージである。力尽きてしまう。

 

 

バイクを押してフラフラと歩いていると、蛍光灯の明かりが煌々と輝く部屋を見つけた。
恐る恐る覗き込むと、そこはバスの待合室のようだった。
ストーブもエアコンもない8畳ほどの室内に自動販売機が3台とベンチが2つ並んでいる。

 

砂漠をさまよい続けた果てにたどり着いたオアシスのようだというと大げさだと言われるだろうが、このときの私の気持ちはそういうものだった。

 

 

ドアを開け、小部屋に入る。
少しでいい休ませてほしかった。

上着とカッパを体にかけ、硬いベンチに銀マットを敷き、身体を横にした。
蛍光灯の灯りが目に刺さったけど、すぐにそれも気にならなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・さぶい!!!!!

 

飛び起きた。

 

見慣れない部屋に左右に首を激しく振り、あたりを見回す。
そう、ここはバスの待合室。

 

時計を見る。11時20分。

 

 

全然時間が経っていない。
とりあえず外に出よう。


 

出口のガラス戸に手をかけた。


「ガッ」

 

 

 

 

 

 

「ガッ」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・開かない。
鍵がかかっているようだ。

ということはだ。私が寝ている間に誰かがここに来て、鍵を閉めていってしまったのだ。

 

「起こしてよ!!」

 

一瞬身の程も知らず腹を立てたが、その誰かはベンチでで疲れ切った様子で眠りこけている女性と、待合室の前に停めてあるバイクに縛り付けてあるぐちゃぐちゃのテントを見て、何かを察してそっとしておいてくれたのかもしれない。

しばらくはドアを開けようとガタガタと格闘したけど、鍵がないと開かないようだとわかった。

 

相変わらず蛍光灯に照らされた室内は外から丸見えだったけど、よく見ると部屋の隅に監視カメラもあり、下手に外へ出るよりは安全に思えてきた。

 

再びベンチに寝転がり、頭から上着を被り、目をつぶった。
何度も目が覚めたけど今度は起き上がらなかった。

 

 

 

 

それでもついに限界が来た。
なにがって、膀胱が。

 

午前5時。
再びガタガタとドアと格闘したが、やっぱり内側からどうにかできるものじゃないらしい。
泣きそうになりながら、今度こそ本当に檻の中の熊みたいな状態になる。
狭い室内でグルグルと歩き回り、ドアを開けようとして諦め、またグルグルと歩く。

 

夜が明けてきた。

 

 

 

窓からその様子をみて、ため息をついた。

 

 

 

 

「あれ?窓?」

 

 

 

 

窓を見た。
鍵を開けた。

あっけなく、スルッと開いた。


 

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荷物を持ち、監視カメラに向けてお辞儀をして窓から外へ出た。

 

 

テントはぐちゃぐちゃになっていたのでたたみ直した。
ポールやフライシートは全部そろっていたけど、収納用の袋がどこかへ飛んでいってしまっていた。

ボストンバッグをネットとゴム紐で縛り上げると、やっぱりグラグラと不安定だった。
落としたらどうするつもりだ。

 


あんなことがあった翌日だけどまだ旅は始まったばかり。
顔を洗って愛車に跨る。

 
国道4号線に戻り、今日は宮城県の高原にあるキャンプ場を目指す。
だんだん明るくなってきた人気のない道路を北に向かい、新しい街へ向かって走り始めた。

朝だ。なんて明るいんだ。
それだけなのに、何故か気分がはずんできた。

 

 

愛車のギアを上げる。

 


「待ってろよ、青森!待ってろよ、大間岬!!」

 

 

 

 

 

 

 

あれから何年も経った今でもケシュアのテントには収納袋がない。

 

あの夜のことを一言で言うなら地獄だったと即答するし、素人がてきとうにキャンプへ行こうとしているのを見かけたとしたら、「やめておけ」と声をかけるだろう。
それにも関わらず、あの日と同じキラキラした目をしてバイクに乗れるかと聞かれると正直あまり自信がない。

 

バイクが楽しくなくなったわけではない。
むしろ、バイクは相変わらず楽しい。

ただいい意味でも悪い意味でも慣れてきていて、失敗が減るという意味ではすごく歓迎すべきことなんだけど、新鮮さだとか感動だとかは少しずつ減っている。

 

 

バイクに限らず、今日まで生きてきて手に入ったものはたくさんあるし、逆に無くしたものもある。
たぶん「キラキラ」は、無くしたものの方に入る。



無くしたものは取り戻せない。

 

 

そのはずなんだけど、今も時々、あの時みたいな気持ちになることがある。

 

例えば夫と二人で東北へでかけた時、関西では見れないような巨大な山脈のてっぺんが白く染まっているのを見つけて「見える?」「見える!!」と声を掛け合った時

例えば冬の北海道で吹雪のあと、真っ白に染まったふわふわの道路を、悲鳴とも歓声とも言えるような声ををあげて笑いながら走った時

例えば沖縄の海中道路で両脇をエメラルドグリーンの海に囲まれ、潮の香りを胸いっぱいに吸い込んで懐かしいような気持ちになった時

 

 

気が付いたんだ。


旅の仕方を変えれば、乗り物を変えれば、誰かと一緒に行けば、
そう。きっとまた「キラキラ」を探しに行くことができる。

 

 

 

 

 バイクに乗るのはもちろん楽しい。

 

でも、それだけじゃない。


あの日見ていた澄んだ空気を、心臓が痛いぐらいに高鳴った鼓動を、どこまでも背中を押してくれた風を、

取り戻したくて、私は走り続けるのだ。

 

 

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本州最北端 大間岬にて



君は、何のために走る?